『心が躍り、身体が歌う内側からの表現』
〜自分自身の声を知り、身体の中心を知覚し、無理なく発声す
る時、自分がひとつの楽器だと感じる。それは、心の模様があ
らわになるとき。そして真に表現するとき〜
ヴォイス&ダンス・ワークショップ
Vol.1
「ラジャスタン民謡&旋回」
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大学の卒業旅行で憧れの地スペインに行った。
行きつけの画廊で、スペイン帰りのギターの先生が奏でる「アルハンブラの想い出」に大感激したからだ。
マドリッドで初めて鑑賞したフラメンコ舞踊。激しさと美しさに目を奪われた。結晶化されたワンシーンは心に深く残り、
上京して間もなく、私はフラメンコ教室の門戸を叩いた。
「フラメンコはインドから来た」
先輩のお姉様方の話を私はうっとりと聞いた。 インドは仏教発祥の地。
神秘的でたおやか、そしてそんな中にも激しさを持つ踊りを私は想像した。
東京で「インド舞踊」と名の付く公演やインド系アート展覧会など、私は時間とお金が許す限り行きまくった。
しかし、フラメンコに通じるような踊り…私のイメージするような踊りと言った方が正確かもしれない…は一つとして無かった。
アメリカへの留学が決まったが、踊り熱のためにキャンセル。ひょんなことからインド行きの話が持ち上がり、私は心に決めた。
「フラメンコのようなインド舞踊を探そう」
渡印してから3ヶ月後、私は素晴らしいカタックダンサーに出会った。
私がイメージしたもの全てを彼女は持っていた。
優雅さ、美しさ、激しさ、芯の強さ、優しさ…。
私はカタックケンドラの門戸を叩いた。宮廷で使用されていたという美しい旋律に合わせて踊るカタックダンスはひたすら数学的であった。
技術が身に付き、ムードを表現することを覚え、師匠から帰国を許して貰ったとき…私は一つのことに気づいた。
−始めに音ありき−
太古の昔、人々が神への祈りに最初に捧げたものは、楽器や身体を使って表現するものではなく、
声を使って表現するものでは無かったか。生命の源、偉大なる叡智を讃えるために一番最初に捧げられたのは歌であった筈だ。
何百世代にもわたって生と死を繰り返して命を育み、現在に繋げてきた人々の遠い記憶が宿る旋律と詩。
身体の内側からゆっくりと声を出すとき、何かしら郷愁を感じるのは何故なのだろう。
DNAに刻まれた遠い過去を遙か彼方に感じるためだろうか。
数百年かけて居住地を移動しながら生命と神への賛歌を歌い踊ったジプシー達のルーツはラジャスタン〜バロチスタンだという。
そして著名なインド人歴史研究家もカタックのルーツをやはりラジャスタン地方と特定した。
インド修行卒業旅行に私はラジャスタンを選んだ。 初めてのインド一人旅。
旅先で知り合った紳士が、ジャイサルメールに来たときにはいつも行くというラジャスタン音楽と踊りの宴に招待してくれた。
それは観光客用のショーアップされた宴であったが、それでも私には十分だった。
少年達が奏でる口琴、太鼓、旋律楽器、笛、カスタネットetc。
素朴な楽器の中に全ての音楽のルーツがある。
彼等は、彼等のコミュニティで伝わっているリズムに乗って演じ較べをしながら楽しそうに演奏を行った。
興が乗り、ヴォーカルの高らかな声が鳴り響くと、踊り子達が立ち上がって踊り始める。く
ねくねと身体を器用に動かしながら踊る踊り子達は、最後の曲になったときに、私を円陣の中に招き入れてくれた。
全く聞いたことのないリズムと旋律。私はおずおずと彼女達の踊りを真似てみた。
…冷や汗がにじむ。初めてのものはなかなか身体がリズムを刻まない。
ぎこちなく顔をひきつらせながら、奮闘している内に、ボーカルの力強い肉声が私の身体を溶かし始めた。
次第に曲の速度が速くなってきた。
踊り子達は廻り始め、私も一緒になって廻り、高らかに全ての音が鳴り響き…一瞬にして曲が終わった。
初めての曲にもかかわらず、身体が自然に反応し、私は彼女達と一緒にポーズをとっていた。
不思議な恍惚感と陶酔感。
天上から何かが降りてきたように思えたのは何故だろう。
人間の肉声は身体を柔らかくしてくれる。
深層意識と身体を自然に繋げてくれる媒体だ。
深く心に残ったこの体験の一片を共有できたらと思っている。
Miyabi
ヴォイス&ダンス・ワークショップ Vol.1
「ラジャスタン民謡&旋回」
1月28日(土)11〜13時
@アートウォーカー
スペインのフラメンコ舞踊、そして、
北インドのカタックダンス発祥の地といわれるラジャスタン地方に
現存する民謡「Ara Ra Ra Ra」を、全身で表現してみよう!
講師:keiku(インド古典声楽)
miyabi(北インド古典舞踊)
おかげさまで大好評のうちに終了致しました。
有難うございました。
次回は8月頃を予定しております。
お楽しみに!!! |
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